A persons travels, not to get where he is going, but just to travel
3 months journey / Asia Africa Europa America

Friday, June 22, 2012

あなたの知らない世界がある

内野の道を青年がジョギングしている。
脇山の公園で少年たちは無邪気に遊ぶ。
曲渕の婦人たちは小さなマーケットで野菜を手に取り、店の主人と話している。
椎葉の川沿いで若い女性が犬の散歩をしている。
早良の居酒屋で仕事終わりの男たちがスポーツ観戦をしている。


これらはなんの変哲もない情景です。
しかし、こちらはどうでしょうか。


パリの道を青年がジョギングしている。
パリの公園で少年たちは無邪気に遊ぶ。
パリの婦人たちは小さなマーケットで野菜を手に取り、店の主人と話している。
パリの川沿いで若い女性が犬の散歩をしている。
パリの居酒屋で仕事終わりの男たちがスポーツ観戦をしている。


なんと、おしゃれな光景ではないでしょうか!?
(パリ=おしゃれと考えておられる想像力の乏しい方は、私を含め少なくないことでしょう)
そんな町、フランス・パリにいました。

次にドイツ、アメリカと行く予定だったのですが、トラブルがありまして、日本へと帰国する次第となりました。
男性3人組から襲われ(!)財布を盗られ、仲間の別の2人からバッグを盗られました。
カメラとか、パソコンとかいろいろなくなっちゃいました。
もちろん写真のデータもです。
携行品保険に入ってたいたので、高価な物は補償してくれるはずです。
写真のほぼすべてが消えちゃったのが残念ですね。

悲惨な出来事のように思えますが、忘れてはなりません。
ここは「パリ」なのです。
そう、おしゃれな街なのです!!

日本の片田舎でおきた事件ではないのです!

「パリの東駅で彼はすべてを失った。
途方に暮れる青年は駅のベンチに腰かけている。
彼に今日の宿はない。
多くの人がせわしなく行きかう駅のベンチで、
青年は日が暮れるのを、じっと、見ていた。
青年の旅の終着点はパリだった」


パリ―リヨン駅



―なんと絵になる光景なのでしょうか。
映画化できそうな勢いです。下町の映画好きなオヤジがやっている小さな映画館で上映されていそうです。

エスプレッソのようにほろ苦い経験が出来たのも、いまやいい思い出です。
エスプレッソは苦いけど、苦みに隠れた「甘さ」を知るときに人は大人になるのです。
(無理やりお洒落な表現をしてみた。恥ずかしい。)


1週間の旅行で、こんな目にあったら、激しく災難ですが、僕は2ヵ月の間、いろんな国を周ることができました。
もちろん、心残りだとか、残念だったことはありますが、それ以上の素晴らしい経験できました。

アメリカに行けず、「世界1周」は出来なかったことになりますが、最初から1周することが目的ではありませんでした。どうせ行くなら、、ぐらいの理由です。
フランスで、ここが潮時なんだな、と感じ帰国することにしました。






僕はこの旅を通して、いろんな物を得ることができました。
それは決して、日本にいては見つけることのできないものです。
それを見いだせた事を、僕は本当にうれしくおもいます。
それは非常に大きなものです。
それは、
















非常に大きなマカロニです。

食器類はもちろんミニチュアではありません。



イタリアの大きなスーパーマーケットでみつけました。
ここまでのサイズのものは、きっとイタリアでも珍しいのではないかとおもいます。

バックパックの中には入らず、外側にくくりつけて運びます。
マカロニをくくりつけたバックをしょって移動している姿は我ながらシュールだと思います。

ローマ➔ミラノの移動の鉄道間でおっちゃんがそれを見て笑っていました。
イタリア語で何をしゃべってかはほとんどわからないのですが「マカロニ」の単語は聞き取れました。おっちゃんは、なんかおもろい話を展開しているようで、幾人かが爆笑していました。

僕の正面に座っていたすこし無愛想なおじさん、横にすわっていたすました女性も、最初はおっちゃんの話に笑いをこらえて、不自然に顔を隠すしぐさとかしていました。しかし、おっちゃんの話が盛り上がるにつれ、とうとう吹き出してしまい、結果、その場にいたみんなで爆笑しました。

その場の空気感がとてもよかったです。
何を言いたいかというと、全く面識のない彼らをともに笑わせ、一致させ、幸福にしたのはマカロニだということです。



すみません、マカロニの話に片寄りました。
本題に戻りましょう。

世界には多くの人間がいます。
多くの人種があります。
多くの言語があります。
多くの宗教があります。
多くの文化があります。

そして多くのマカロニがあります。








(写真はWikipedia)


「パスタ」とは非常に広い意味を持ちます。
日本ではパスタとスパゲッティは同じ意味のように使われていますが、イタリア人にとってはマカロニもパスタです。

パスタを分類するならば、棒状のものをスパゲッティ、米粒状のものをクスクス、筒状や貝殻状、ひし形のものをマカロニと呼ぶそうです。

ちょっと待ってください。
筒状ではあるけれど、あまりにも長く細いため、棒状に分類したいものはどうなるのでしょうか。彼らはマカロニですか?スパゲッティですか?
あるいは、筒状ではあるけども、米粒のように小さなものはどうなるのでしょうか。マカロニですか?クスクスですか?


そういった論争が生じないかどうかが、私の懸念するところです。

スパゲッティにも、クスクスにも、マカロニにも属すことを許されない「パスタ難民」は、いまや世界的な問題になっていることでしょう。
また別の問題として、パスタとは「小麦粉で練った生地」という非常に広い意味をもちます。そのため、時にケーキやお菓子、パンまでもが広義の「パスタ」にも属することになります。どこまでをパスタとして受け入れるか、当局の間でも混乱を隠すことはできません。


いつの日か、すべてのパスタがともに仲よく肩を並べ、食卓に並ぶ日、―それは遠くないはずです。

私の旅行は終わりました。いろいろな国を見ることができました。
(スリランカの少年、インドの町、エジプトのおやじ、トルコの市場・・・
いろいろおもしろかったですが、彼らの主食はパスタではありません。よって特筆すべきことはありません。割愛します。あしからず。)


盗られなかったiPhoneにほんのちょっとだけ写真があります。それらをご覧ください。




イタリア・ミラノで食べたマカロニ


パリ・フランスの風景
スパゲッティがちらばっている。




あなたの知らない世界がある。
そこにあなたの知らないマカロニがある。







Monday, May 21, 2012

無事です。

心配された方がいたら、すみません。
スリランカの後半、インド、エジプトとインターネットにつながらない状況がつづきました。

なんとか無事です。今日の夜にトルコ・イスタンブールに飛ぶ予定です。
インドの後半とエジプトでは風邪をひいてしまい、グダグダな毎日でしたが、それもまた旅です。

今は、街中のカフェでWi-fiが使え、そこからの書き込みです。
いろいろ書きたいこともありますが、
カフェの店員から、「あのアジア人、何時間いるんだよ」という目でみられているので、
ここまでにしましょう。

Thursday, May 3, 2012

5月3日 コロンボ→シギリア

5月3日 木曜日

マウントラビニアから鉄道でコロンボへ。

シギリアを目指すが、その近くのダンブッラへ。

駅からでると、すぐにタクシーのおっちゃんが声をかけてくる。
どこに行きたいんだ?と聞いてきたので目的地を告げると、もうそこへの鉄道はないよ、と告げる。

じゃぁ車(タクシー)で行けばいいじゃん、と提案。
「あーー」と適当に返事してたら、ひとまずトゥクトゥクに乗れよ、といって近くのタクシー案内所みたいな所に連れて行かれる。
そこまで、車でいくらかと聞いたら100ドルとかいいだす。

冗談じゃないよ。
バスで行くからいいよ、と断ったら、かなり不服そうにして、じゃぁいくらならいいんだ!?としつこく聞いてくる。とにかく断って、またバス乗り場まで送ってもらう。

そして1000ルピー。またまた御冗談を。
ちょこっと何分かじゃん。
しつこく粘ったけど、結局700ルピーを支払うために。

まぁ、ここは自分が値段の確認もせずについていったから、いけない。
なんか寝起きでボーってしてたからね。

で、そこまで行くバスの乗り場まで案内してもらう。

乗り場を確認して、時間があるのでなんかおやつでも買いに行こうかと思ってうろうろしてたら、ふと気付く。
さっきまでのおっちゃんが「バドゥーラ」「バドゥーラ」言ってたけど、そもそも自分が行きたいのは「ダンブッラ」、おっちゃんが僕の言ったことを聞き間違えて、しばらくの間勘違いのまま話が進行してた。

おっちゃんの言うがままにタクシーに乗ってたら、全く違う場所に行ってしまうことになっていた。
あぶないあぶない。


で、無事にバスにのり、ダンブッラに到着。

なんか途中、でっかい岩窟寺院っぽいものがバスの中から見えた。

で、トゥクトゥクで20分くらいでシギリア近くの予約してたホテルに。
良いホテルだけど、母屋から離れまでが遠すぎる。
あるいて5分ぐらいかかる。

まぁ、いいんだけど、暗くなると若干こわい。


ホテルに着いたのが早い夕方ぐらい。

で、すこし歩いたところで、晩御飯。
適当に頼んで出てきたのがこれ。






















 ロトゥー。
普通のナンかと思いきや、中にひき肉とか野菜とかが入ってて、かなり美味しかった。
小皿がマサラ(カレー)。

気に行っておかわり。


この日のホテルはなかなか快適。

Wednesday, May 2, 2012

5月2日 コロンボ近郊

5月2日

ベテルへ向かう。
ニゴンボから、南下。
ベテルはヒュニュペティア駅の近くにあることはわかっている。駅員に聞くと、ニゴンボからの直通はないので、途中ラガマ駅で乗り換える必要があるらしい。


駅で列車を待ってたら、隣のおっちゃんが声をかけてくる。
チャイニーズ?と声をかけてきたので、ジャパニーズと答えたら、なんか喜んでた。
日本の電化製品の話になって、
「日本の家電のブランドは、何があるんだ?」
ときかれたので、
「あー、ソニー、パナソニック、シャープ、東芝、、」
とか、言ってたら、おっちゃんがなんかはしゃいで喜んでた。
そして、おっちゃんは自分のノキア製の携帯をとりだし、ラジオが聞けるんだぜ、これ。と、僕に言ってきた。
はぁ。

正直、このおっちゃんはなんか苦手で、 
こっちは、微妙な受け答えをずっとしてたけど、向こうはご機嫌でずっと僕に話しかけていた。

どこへ行くんだ?
と聞いてきたので、ラガマです。
と答えたら、ラガマはここから、8番目の駅だ。
俺は途中で降りなければいけないから、そこから3番目の駅だ。
と、いうことをずっと説明してた。
そんなに数えなくても別に、ラガマに着いたら、わかると思う。


列車が来た。
僕は、そのおっちゃんから逃げるように、すこし離れた入口から列車に乗り込む。
そしたら、おっちゃんは急ぎ足でついてきて、広い列車内のなか、わざわざ僕の隣に座る。

おい・・・。
あー、つかまってしまった。

おっちゃんはご機嫌で、日本製の車の話をはじめ、「日本車のメーカーには何がある?」と聞いてきた。
僕はもう、無表情で「ニッサン、トヨタ、ホンダ、・・・」
と答える。
おっちゃんは、きゃっきゃっとはしゃぐ。

おっちゃんは、隣にすわっていたカップルに話しかけ、どこで降りるのか聞いていた。
このカップルもどうやらラガマで降りるらしい。
僕に「この2人が降りるところで、君も降りるんだよ」
と言ってきた。
三度ぐらい。

おっちゃんが降りる。
「ここから3番目の駅だ。横のカップルが降りるところで、君も降りるんだ」
「・・・はい。」

おっちゃんと僕との温度差のある別れ方をしたところで、列車はラガマに向かい走る。

乗り替えてヒュニュペティア駅へ。昼の1時くらいに到着。

あるいて、5,6分ぐらいで、すぐにベテルにつく。
ベテルを見学。
小じんまりとしたベテルの建物のそばで、あたらしいベテルが建造中だった。
今の建物は小さすぎる・・・とガイドの兄弟が言っていた。

ガイドの兄弟は英語で案内してくれてた。
簡単な英語で話してくれてたので、大体はわかったけど、英語での受け答えができないもんだから、うなずいたり、Yes, Oh!, Yeah, ぐらいの返ししかできない。そんなもんだから、途中兄弟から、「んー、僕の言ってることわかるかい?」
と聞かれる。
「大丈夫、わかるけど、僕はうまくしゃべれないんだ」
と、ここだけ慣れた英語で言う。
このフレーズは何度も使った。

そして、これから行く予定の場所の王国会館の位置を教えてもらってベテルを去る。
いつか、いま建造中のベテルが完成したときに、また来てみたいもんだ。



ヒュニュペティアから、コロンボへ、そして少し南下してマウント・ラビニアへ。
ここに、今日のホテルがある。

このコロンボから南へ伸びる鉄道がまたすばらしく、西側に海を望みながらゆっくりと走る。
ロケ-ションは最高だけど、列車の中はそんな優雅な物でもなく、人間がひしめきあってて座れない。

夕方にマウントラビニアに着。
ホテルを探す。すこし時間がかかったけど、無事にホテルに到着。
ホテルの人が日本語をしゃべれた。
日本語をしゃべれる外国人には要警戒と思ったけど、どうやら以前に日本で働いてたそうだ。
新潟の鉄工所で働いてたみたいだ。けっこう日本に出稼ぎに来る人も多いのかな。


近くの食堂みたいなところで腹を満たす。
メニューも当然ないので、「あなたのオススメで、」と言ったけど、通じなくて、どうしようか困ってたら、店員は何かを聞いてきた。わからないから、適当にYes Yes言ってたら、数分後に料理がでてきた。
カレーだった。ご飯は白米ではなく、細かい野菜や鶏肉が混ぜ込まれた炒飯みたいなもので、それに小さな器に入ったカレーがついてくる。
米とカレーの割合はどう見ても10:1で、カレー少ない!!と思ったけど、食べてみればわかった。
カレーがしっかり辛く味も濃いので、以外にこのカレーの量がちょうどよかった。
そして、美味しい! しっかり辛いけど、深みがある。想像以上においしかった。

しかし、それにしても、米の量がハンパない。茶碗4杯分あるぐらい。
なんとか食べたけど、最後はすこし苦しかった。

スーパーでちょこまかと買い物して、ホテルに帰る。
さっきのスーパーで買ったばかりのシャンプーで髪を洗う。
ん?このシャンプーの匂いどこかで、嗅いだ事ある。
どこでだろう・・・、と思いめぐらしていたら、ついさっき乗ってた列車で隣にいたおっちゃんだ!!
あのおっちゃんと同じシャンプーを使っているのか・・・、と思う、なんか、なんというか、複雑だ。


ホテルの部屋は、ホテルの受付みたいな部屋に面している。
ドア1枚でつながっているのだが、ホテルの人がサッカーを見ているテレビの音声がダダ漏れだ。
まぁ、そんなことは気にならない。


話が前後するけど、昨日のニゴンボで、タンクトップで2,3時間歩きまわってしまったために、かなり日焼けして、肩が尋常じゃなく痛い。なんでタンクトップで歩いたんだろう。日焼け止めもせずに。

結局、スリランカの一週間強は日焼け跡がいたくていたくて、しょうがなかった。服を着るのにも一苦労。










Tuesday, May 1, 2012

5月1日 スリランカ

5月1日
長い一日。


まとめるならば、
・スリランカ人、やさしいね。
・スリランカ人、フレンドリーだね。
・野犬、怖いね。



バンコクを離れ、スリランカに向かう。AM7:00にバンコクを発つ。
Air Asiaで3時間のフライト。
AM9:00にスリランカ・バンダラナイケ空港に到着。
空港からの景色を見て、直感した。
この国は、すばらしい。
海、熱帯の植物。湿地。畑。
フィリピン、タイに増して、南国要素がつよくなる。
東アジアと違う、自分にとってまぎれもない外国。

空港。空港は、ひとまず、飛行場施設として機能しているだけで、なんの意匠も装飾もない。
空港をでると、カラッと熱い日差し。
ニゴンボ付近のホテルを予約していたために、ひとまずニゴンボへ向かう。
しつこいタクシーの客引きは無視。
ひとまず、
北に向かおう。歩いて。

しかし、進んでも進んでも、景色は変わらず、駅はおろか、家すらもない。
ゴミもない。しずかな、しずかな一本道。

途中、トゥクトゥクが僕の脇に止まり、乗っていかないかと誘うが、断る。
歩き続ける。炎天下、バックパックを担いでの移動は、やはりこたえる。
さっきのトゥクトゥクに素直に乗ればよかった。

とか、おもってたら、バン車が僕の脇で止まる。
20代の若者。
「どこに行ってるんだ?」と青年。
「さぁ。ひとまず駅に。」
「駅?この方向にはないよ。
 ひとまず、乗りなよ」

普通ならば、決して乗らないが、暑さのあまり乗った。
青年はたしかサットと名乗った。25歳ぐらいといってたっけ。
あと一人、同年代の青年。名前はよく聞き取れなかった。

ひとまず、駅まで送ってくれるそうだ。
わざわざ、彼らがはしってた方向と逆方向に車を走らせる。
これは、お金をあとでとられるパターンだなーー、と思った。
まぁ、いいや、


10分ぐらいの車内だったと思う。
「名前は?」
「年齢は?」
「結婚しているの?」
「タバコ吸う?」

いろいろ聞いてきたが、彼らは非常にクールで、外国人をめずらしそうに思っているようでもなく、
好奇心バリバリなかんじでもなかった。ただ会話は絶えず。

駅に着いた。
ここが駅…?と思うほど、草むらの中に小さな小屋と線路がのばされているだけ。

ありがとう。と青年たちにいって別れをつげようとする。
しかし、「切符を買えるのか?買い方わからないだろ。」という。
正直、もうこれ以上お世話にはなりたくなかったが、確かに買い方がわからない。
彼らも車をおりて、一緒に駅まで。
なんか、駅員と話してた。

サット:「今日は、もうニゴンボ行きの列車はないそうだよ」

まだ午前中、11時だけど。。。

サット:「どうするの?」
僕:「えーと、・・・・ どうしたらいいんだろ・・・」
サット:「バスで行くしかないね」
僕:「あー、バス、、ね。・・・。」
サット:「バス停までおくるよ」

結局、また彼らの車に乗り、バス停まで送ってもらうことに。
5分ぐらいでバス停に着。

「ありがとう!助かった!!」
お礼を告げて、お別れをいう。

しかし、
サット:「どのバスに乗ればいいかわからないだろ?」
僕:「・・・、うん。」

旅行の移動でなにが難しいかというと、バス移動である。
どのバスに乗ればいいか、
料金システムはどうなのか、いくら払えばいいのか、
どこで降りるのか。

何より、どのバスに乗ればいいのか、、それが一番の問題である。
のってしまえば、どうにでもなる。

彼らと共にバスをまつ。
途中、サットがお金を僕に差し出してきた。
「小さなお金を持ってないだろ?」

サットはどこまで、気が利くのだろうか。
小さなお金を持っていたので、断ったが、
いつお金をせびらるのだろうか、とヒヤヒヤしていた自分には驚きだった。

バスはすぐに来た。
「これに乗れ!」
満員のバスに、強引に乗りこむ。

ひしめき合う人の中に、自分の立ち位置を見出すのも大変である。
バスが発車する。
ごっちゃになった人の隙間から、サットたちの姿を探す。

かすかな隙間からみえたのは、彼らの後ろ姿。何事もなかったように帰って行った。
結局、まともにお礼すら出来ず。

彼らは、クール。僕のために20分ぐらい時間をさいたにも関わらず、
まるで当たり前のことをしたかのよう。

自分が、もし彼らの立場で、外国人を助けたならば、
「なんて自分はいいひとなんだろう、親切だなぁ」と思うとおもう。
しかし彼らの後ろ姿には、そんな気持ちは微塵も感じられない。

素直にかっこいいと思った。

そんなスリランカの幕開け。


バスの運転は荒い。揺れる、揺れる。
僕のバックパックが後ろの老人の女性に顔にあたる。
狭い。狭い。ごめんね。

どこで降りたらいいのか、わからない。・・・
と、思ってたら、終点だった。

ニゴンボ駅着。
すこし賑わってる。

トゥクトゥクで、ホテルまで。
まだ、通貨スリランカルピーの感覚になれてないため、運転手が掲げた金額がぼったくりだと思った。けど、後で冷静に計算すると、やや高めではあるものの、ぼったくりではなかった。

ホテル着。
たしか、セイロニカ・ビーチ・ホテル

6部屋ぐらいが並ぶモーテル風の建物。
部屋に面した大きな中庭。
そして中庭は、ビーチにつながる。

部屋こそ、ぼろいが、
ロケーションは最高。

シャワーを浴びて、一休み。疲れた。

しかし、この時点でも、まだ午後2時。
1時間ぐらい寝たので体力も回復。

そもそも、このニゴンボに特に用はなく、1日目の宿だけのために来ただけ。
近くにはニゴンボ・ラグーンといわれる、入り組んだ入り江、湿地帯があり、
植物的に、また生物的にも貴重な、なんやらかんやらがある。
時間があるなら、ゆっくりボートをチャーターしてバードウォッチングとかもいいのかもね。

自分は歩いて、ラグーンまで行く。

行き方も知らないけど、海岸沿いを歩いてたら、なんとか着くだろう、と思った。
海岸沿いは、漁師町だけあって、そこそこ賑わっていた。
魚を干していたり、市場があったり。

そもそも、「ここから、ラグーン」です。という境もないんだけど、たぶん、着いた。
別に、特に面白いものはなかった。

しかし、面白いのは、人々である。
そんなに、外国人が珍しいのであろうか。
「Hello!」
「Where are you going?」
皆が、話しかけてくる。

子どもたちは、陽気に声をかけてくる子もいれば、照れながら声をかけてくる子もいる。

座りなよ、すこし話そうぜ!と声をかけてくる。
座って、すこし話してみる。 
「何歳なんだ?」
「仕事してるのか?何の仕事だ」
「結婚してるのか?」
してない―「なぜだ?」
「兄弟はいるのか?」
姉がいる―「結婚してるのか?」
「親は何の仕事をしてるんだ?」

いろいろ聞いてくる。



途中、一人のおばあさんから声をかけられ、こっちに来い、という。
玄関ポーチみたいなところに行くと、僕の為に、小さな椅子を出してきてくれた。
おばあさんと、少女が2人。
座って、少し話したけど、なんかすぐに会話が詰まる。
おばあさんは英語できなかったので、少女が通訳がわり。
「おなか空いてない?」
「んー、空いた!」
「何か食べる?」
ほんとにおなか空いてたので、しめたと思い
「食べる!」
と答えた。
でも、彼女たちの微笑みだけで終わった。
何にも持ってきてくれなかった。
意志の疎通の失敗


歩いていると、大きな川に出た。
川にかかった橋で、若者たちが川に飛び込んでいる。
僕にとって、なんか若者たちは怖いので、避けようとしたが、声を変えられる。
ジェスチャーで、「お前も飛び込めよ!!」と言ってる。
「無理無理!」と笑顔で逃げる。


市場の男性が声をかけてくる。
28歳、名前は難しくて忘れた。
なんか、いろいろ聞いてくる。
自分が21歳といったら驚いてた。
タバコを差し出して「タバコは吸うか?」と聞く。
いいや、吸わない―「じゃぁ、クスリ、マリファナは?」
自然な流れで聞いてくるから、コワイ。
「はは、吸わないよ」
「それはいいことだ。じゃぁ、酒は?」
「少しね。飲むよ。」
「そうか、じゃぁ、今日、うちに飲みに来ればいい!!」

これがこの国の距離感。

「ありがとう、でも行かなくちゃ」といって断った。



「Hello!」
どこからともなく声が聞こえる。
おそらく、家の中から声をかけているが、僕には姿が見えない。



とにかく、みんな声をかけてくる。



そんな雰囲気で、僕は満足して、ホテルに帰ろうとする。
ひとまず、海岸沿いを北上すれば、ホテルに着く計算だ。

ひとまず、ビーチにでれば大丈夫。
しかし、いままであんなにあった海岸がなぜか見えない。

これは迷子だ。

迷い迷い、なんかいよいよ入り組んだところまで来てしまう。

そんななか8歳ぐらいの少年が、声をかけてきた。
「どこにいくんだい?」
えーと、ホテルに行きたいけど、そのためにはビーチを・・とか、考えていると、少年は、僕が質問を理解していないと思ったようで、再度、「どこに行きたいの?なにしてるの?」と聞いてきた。
答えをせかされた僕はひとまず、
「ビーチ」と答える。
少年は、「ビーチ?」といぶかる。
ビーチに行きたいと思っている観光客が、こんなにも入り組んだ場所にいるのはなぜだろうか、と感じたのであろう。

「もしよければ、ぼくが案内するよ!」
僕は彼に案内をお願いすることにした。
彼の名前はサントス。

すこし歩くと、ビーチについた。
ビーチといっても、森の中の切れ間に海がすこしひらけたところだ。
これは海岸沿いをつたって行くこともできなそうだ。。

彼は、流暢で聞き取りやすい英語でいろいろ話してくれた。
地元の漁師の話、伝統的な漁の方法、、、なんかいろいろ話してくれてたけど、7割はわからんかった。
こんな少年が、母国語と英語を使いこなしている…。少々ショックを受けた。
しかし、話し方は、一生懸命伝えようとする、子供らしい話し方で可愛かった。

「あなたはBuddist(仏教)?」
と聞いてきた。
「違うよ」
「じゃぁ、クリスチャン?」
「んー、Jehovah's Witnessて知ってる?」
「知らない」
「聖書を読んで、勉強してるんだよ!」

8歳の子供が、宗教に関心を持っている。日本ではありえない。

歩いていると、彼の家に着いたようで、じゃぁここまで、バイバイ。と、お別れ。
「Santos, Thank you , You are nice guide!」


で、結局はまだ迷子なわけで。

歩いていると、トゥクトゥクのおっちゃんが声をかけてくる。
「乗らないか?」
まだ、時間もあるし、もう少し迷子を楽しもう。トゥクトゥクに乗るほどでもない。
「大丈夫、結構です」
「乗れよ!!」
しつこいなぁ。
「お金ないから!」
「大丈夫、ほらいいから乗れよ!」
言ったな?一銭も払わんぞ?
そしてトゥクトゥクに乗りこむ。
4,5分走ってたら見覚えのある道に出た。
「ありがとう!ここでおろして!」
「はいよ。じゃぁねー」

ほんとにお金、要らなかった。
なんなんだろね。一体。


見覚えのある公園に出て、来た時の記憶をさぐり、道を進む。
しばらく歩いていると、またさっきの公園に出る。
うそだろ、、今度は公園からの違う道を進む。
・・・また、さっきの公園だ。

マンガに書いたような、迷い方をして、すこし笑えた。
近くにいたおばさんが、僕が行ったり来たりしているのをみて、笑ってた。

これはいよいよ、やばいよな、、と思いながら、また適当に道を進んでたら、
今度こそ見覚えのある道にでる。

やっと帰れる。




ビーチを歩いてたら、
襲われた。
野犬に。
しかも5,6匹。

しぬほど怖かった。
僕は海を背に、犬と格闘。

おびえたら、ますます犬はつけあがる。
いっても、ここで取り乱さないほどの強靭な精神力は持ち合わせていない。
ビビりまくった。

砂を蹴ったり、声で「う゛ぉいっっっ」みたいな意味不明な声をあげて威嚇したりして(マジ)、
海岸をたたかいながら平行移動。砂浜から岩場になったところで犬は諦めた。

もう足はびちょびちょ。
背中に抱えたカメラが入ったカバンはかろうじて無事だった。

帰りの道中にも、当然、野犬はいるわけで、びくびくしながら帰ってた。


途中で、なんか兄ちゃんから、なぜ靴と足元が濡れてるんだ?と聞かれた。
僕は、犬から襲われた、と言おうとしたけど、「襲われた」の単語が出てこず
「ドッグス、、メニ―ドッグス、、バウバウ、トゥー ミー」
と言ってた。自分が「バウバウ」、と言ってたのは、覚えてる。馬鹿だよねー。恥ずかしい。
冷静に考えても、なぜ濡れてるのかの質問に対して、「犬から襲われて」と言っても答えにならないよね。


無事にホテルに到着。
非常に非常に長く感じたけど、まだ夕方4時半ぐらいで、びっくりした。
すこし寝て、夕方はサンセットをホテルに面したビーチで見ようと、思ったのだが、そのビーチで現地の若者がバレーで遊んでる。日が沈む写真を撮ろうと思ったのに、、と思ったけど、逆に、沈みゆく夕日を背に遊ぶ子供たちの写真が撮れた。なかなか、いい感じで。

スリランカの西海岸のサンセットは美しかった。
真っ赤にそまる鮮やかな写真のような日没ではなく、オレンジとグレーのどこか渋さがある日没。


日が沈んで、、ディナー。
ホテルの母屋のほうで。メニューとかはないので、何を頼めばいいかわからなかった。ホテルの人がいろいろ選択肢を挙げてくれたが、聞き取れたのが「ヌードル」だけで、「ヌードル」を頼む。

なんか、ビーフンチックなすこし辛い麺。味はそこそこ。


部屋に戻り、シャワーを浴びる。
ん、ここはお湯がでないのか、、、しょうがないな、、、と思って水でシャワー。
そして、シャワーを終えようと思った最後らへんで、やっとお湯がでる・・・。


先ほどの野犬の恐怖をおもいだし、Wikipediaで狂犬病を勉強。
一度、発症すれば、99.99%死亡するんだってね。
こわい。
しかも、感染経路は犬に限らず、猿、猫、リスやネズミ、、、なども、可能性はあるらしい。

もう、動物という動物が怖くてたまらなくなる。
そんなことを考えながら眠りにつく。

Monday, April 30, 2012

タイランド

“そこは微笑みの国でした”

石井 大地 (日本)の語った経験

私がタイに訪れたのは4月の後半、それはタイの一年においてもっとも暑い時期でした。
日中は40℃を越すことも珍しくありません。そのなかで、奉仕するのは時に大変でしたが、喜びをたもつことができました。
そこでの経験をいくつかお話させてください。


と、ライフストーリー風にはじめてみました。
以下は、俗っぽく。

4月23日 (月)
ちょうど、日付が変わったころに、タイのバンコク、スワンナプーム国際空港着。
この空港は比較的、新しく、とても綺麗。
たしか、どこかの国の何とかという西洋人がデザインしたもので、とてもおしゃれだと思う。
メタリックな雰囲気だけど、やわらかくあたたかく、ノスタルジックだけど、懐かしく親しみやすく、
フレッシュだけど、古く土臭く、

そんな感じ。
金属感がブリキみたいでいい感じ


で、この日はホテルとってないため、空港で仮眠しようか・・・と考えていたら、
1F(主な施設は2Fより上)のベンチでみんな爆睡してた。
僕もちょっとのつもりだったけど、十分な睡眠をとれました。(約7時間)
4つ並びの椅子をみなベッドに。



で、コラートをめざす。
そのためには、バンコクのバスターミナルに行かないといけない。
そこまでタクシーでいくのだが、いろいろあった。(兄弟ありがとうございました)
なんとかバスターミナルにつきまして、なんとかバスにも乗れました。

バス待ってるときの横の男性が変な人だった。激しく暑いタイのこの時期になぜか革ジャン着てて汗だく。
なにか、ものすごく僕にしゃべりかけてくるのだが、英語なのか、日本語なのか、タイ語なのかわからなかった。ほとんど理解できなかったのだが、英語で「うちの奥さんは、幸せじゃないね。俺がこんな風だから」と言っているのは理解できた。だめだよ、幸せにしないと。
バスに乗り込むときも、9割席はあいているのに、僕の隣に座ってきた。
怖かったので、逃げて別の席に。



4時間ほどかけてコラートに到着。

暑いね、この国。


姉妹が予約してくれたホテルに荷物を降ろす。
このホテル、日本円でおよそ1泊1000円ほどだが、とても居心地がいい。冷房もあるし、冷蔵庫もある。(安宿だとなかなか冷蔵庫がないんだよな)


で、その晩。
現地に住む日本人夫婦の兄弟姉妹の家におじゃま。
姉妹たちが夕食を準備してくださっている間に、僕はその家の庭でマンゴーを収穫。

どれがいいのかなー、なんて迷っている時間。
―夕暮れ時、日が落ちて涼しくなり、姉妹たちが台所でおしゃべりをしているのが聞こえる。なにかの動物の鳴き声も時折聞こえる―


そんな時間が幸せすぎる。


晩御飯。
最近、タイに越してこられた兄弟姉妹も加わり、7人で食事。全員日本人。

かなり沢山の種類のおかずを用意しってくださって、どれもおいしかった。ごちそう。
久しぶりにこんなにしっかりとした食事をとった気がする・・・。
そして初めて食べるフルーツ。名前忘れた。


そして、その家の兄弟がわざわざ僕のホテルまでバイクで送ってくださる。
夜のバイクはいいねーーー。

ホテルではぐっすり寝れた。

4月24日 火曜日

朝、奉仕です。

これまた現地にすむ日本人の兄弟がホテルから奉仕場所までおくってくださるみたいで、ホテル前で待つ。

ホテルの前にいた屋台のおじちゃんに今覚えたばかりのタイ語でパンフレットを渡す。
「ハーイ クーン クラップ」 たぶん、はい、どうぞ的な意味だと思うけど。

おじちゃんはにこやかに受け取ってくれた。
幸先良いスタート。

この言葉が通じない土地で、コミニケーションをとる上で重要なのは、表情だとあとで思った。
ひとまず、笑顔でいよう。


兄弟が来た。

「いま、そこのおじさんにパンフレット渡しましたよー!」
と、子供のようにはしゃぎながら兄弟に報告したら、

「あー、そのおじさん僕の再訪問だよー」って。

僕の渡したパンフレットから、兄弟がいくらか話して、そして僕がその後ろで微笑んで。


そして出発。奉仕場所まではけっこう距離がある。

この会衆がもつ区域はかなり広い。どのくらいかは説明できないけど、かなり広い。




そして奉仕。
僕は、現地の兄弟と奉仕。この兄弟、学校ですこし日本語を勉強していたらしく、単語つなげて、なんとかコミュニケーションをとれた。偶然にも同い年だった。

何枚かパンフレット渡せた。サワディカープ と ハーィクーンクラップ の2語だけで。


かなり暑い中、途中途中で休憩しながら、皆で囲み囲みの奉仕をする。
僕が小さいときもこんな感じの奉仕だったのを覚えてる。
幼いころの奉仕の記憶は、不思議と、真夏の日の記憶だ。
暑い中で、途中途中に飲む水筒のお茶がおいしかったのを覚えてる。




なんか、奉仕はあっという間に終わったように感じる。




お昼は、名前忘れたけど何か、米、焼き飯のような物を食べた。
おいしい。タイ料理はやはり独特のくせがあり、人によっては苦手だが、僕にとっては新鮮で、そして好みの味だ。

―――――

料理にその国の国民性や特徴が現れると僕は思う。偏見だけど。

日本食は繊細で緻密、求道的
フレンチはお洒落で軽やか、ファッショナブル。
イタリアンは鮮やかで気取っているが、やはりかっこいい。
中華は賑やかでスピーディーで力強い。
インドのカリーは怪しいほどに複雑で魅惑的。
トルコ料理は知らない。


しかし、どうも僕のイメージの中ではタイ人のイメージとタイ料理が結びつかない。
穏やかな国民がなぜこんなに騒々しい料理(一応褒めてます。)を食べるのか。
そしてなぜこんなに辛いのか。

と、僕のしょうもない意見でした。

―――――

で、昼間はホテルで寝て、夜はマーケットに。

なんかいろんな店があります。(雑)




そこで、タイマッサージを経験。
マッサージ自体はじめてだったけど、せっかくなので挑戦。

ガイドブックにのってるような優雅な感じのマッサージではなく、マーケットの一画にある庶民的な感じ。1時間で120バーツ(360円ほど)なので、激しくリーズナブル。

日本を出てからというもの、旅行中はひたすら歩き回っていたので、疲れもとれたかな。

(20kg近い荷物を背負いながら歩いたりもするもんで、腰を悪くしそうで怖い。腰を痛めるのが、石井家でもブームだし・・・。)

なんか、マッサージをした後は、体が軽くなった感と同時に、身長が伸びた気もする。
たぶん今175cmぐらいあるよ?
きっと。そう、きっと・・・。
僕はそう信じている。




そして、虫食べました。
虫食べましたよ、私。
私、食べたのよ、虫。




なんかバッタみたいな奴。
桜海老の味がした。
味付けされてるので、その味だね。佃煮みたいな。

他にも普通のものも食べたよ。
フルーツジュース。
いろんなフルーツだったり、野菜だったりを選ぶと、それをミキシングしてくれる。
僕のオーダーは確か、バナナとココナツとパイナップルとキウイと青りんごとヨーグルト。
あまり、冒険しなかったね。
普通はこんなにたくさんの種類で作らないらしいけど特別に作ってくれたみたい。
おいしかった。

あと散らし寿司的な何か。
あんまり記憶にない。普通においしかったと思う。

あといろいろな物をココナッツミルクに浸して食べるタイのスウィーツ。
too sweet. 甘すぎる。ちょっと全部は食べれなかったね、これは。


そして帰りはベルギーから来たB兄弟のバイクに乗っけてもらって、帰宅。Thank You!



4月25日 水曜日

今日も、朝奉仕。
日本人の姉妹とペアくんで。いろんな話を聞けてよかった。
言語が違う現地の兄弟姉妹と話すのも楽しいけど、やはり日本人と話すと、いろんな事を聞けて有意義だね。

今日も同じように暑い。

奉仕も、家の方が、笑顔で迎えてくれるし、水とか出してくれるし、椅子だしてきてくれるし、なんか有意義な話し合いができてるし(何と言っているのかさっぱりわからないけど、僕は後ろで微笑む)
とても、楽しい。

昼は食堂でタイ料理!!

トム・ヤム・クンとパット・タイとあと何か。

美味い!!辛いけど美味い! 辛いと汗より先に鼻水が出てきて困るけど、美味い。


しかし、暑いと、やはり疲れるんね。
ホテルに帰って冷房きかせて昼寝。

夜は、K姉妹とK姉妹の家でH兄弟と共にディナー。
姉妹お手製のタイ料理。
これもおいしかったー!!



4月26日 木曜日
今日はバンコクに戻るのだが、昼のバスで行くので、午前中はコラートの旧市街を散策。

カメラもって、ひたすら歩くだけ。
特に何もしない。

商売っ気の無い店にはいって、変な目でみられて、何も買わず出て行く。
途中で小腹が好いたら、道で売ってる「何か」を買う。

でも、こーいうのが好きなんだなー。
発展した国際化した都市や、観光地化して化粧された町並みではなく、
何も飾らない町並みを歩くのが。

こんなところで何の写真を撮っているのだろうか、、と思われているだろう。

でも、観光地や名所の写真は、インターネットで検索すれば、何枚もヒットする。
別に僕が撮る必要はない。もっと腕のいいカメラマンがいいカメラで既に撮っているだろう。


とかいいつつも、たいした写真は撮ってない。

ペットサロンの屋根から飛び降りる野良猫
ずっと降りるのにためらっていた。
その様子を町の人が笑いながら見守る



スイカ マンゴー ドリアン ・・・
いろんなフルーツが並ぶ



くもん いっくもん♪




途中に沢山の動物の置物があった。

なんだろう。

ライオンと鳥も仲良し。
そう、ここは楽園のようだ。
イザヤ11:6-8

カンガルー。
腹の部分には本来、花の植木鉢などをいれるのであろうが、
通行人がいれたペットボトルなどのゴミがたまっている。
しかし、それでも凛々しい表情で前をみつめるカンガルーには感服した。

しかし、この炎天下の中を2時間歩くのはさすがにしんどいね。
旧市街をはなれて、デパートに。
涼しい。

フードコートみたいなところで、いろんな味のフルーツジュース、スムージーみたいなのを作っている店で、キウイのスムージーを買った。
キウイの味はあんまりしない。なんだろう、この味は。なんか、甘い味・・・。
そう、それは砂糖の味!
キウイをかき消し、打ちのめす砂糖の味さっ!

ちょっとばかし甘すぎて、半分も飲めずに。もったいない。

砂糖少なめでって言わないといけないね。

で、バンコクにバスで行きます。K姉妹とK姉妹と共に。
4時間弱ぐらいだったかな、タイは道路が整っていて、快適。

バンコク。

到着して、エアポートリンクという鉄道を使いホテルへ。ここで姉妹たちとはお別れ。また日曜日の大会で会える。

ホテル到着。
NasaVegasHotel



ホテルから見える町並み


ここは、兄弟から紹介してもらったホテルだけど、プロモーション価格でけっこう安めの値段でとれた。1000円ぐらいだったかな。本当はもう少し高いはず。
しかし思いのほか、ホテル自体はいいもので、フロントとかも豪華。
かなり、外国人宿泊者がいたね。

そして部屋のバスルームにはなんと、浴槽が!!
2週間ぶりぐらいに、お湯に浸かれた。しかもジャグジーついてる。最高でした。

タイの一週間はホテルに恵まれてたなー。


4月27日 木曜日

奉仕。非公式。
日本でも時々やってた、ひたすら歩き続ける奉仕。
目指すは、たしかベンチャキティという名の公園。

途中、なんかバイパス下みたいなところに入り、人気なくなるけど、ひたすら歩く。
バスを待ってる人にパンフレットを渡し、ひたすら歩く。
なんか暇そうな人をみつけたら渡す、そしてひたすら歩く。
炎天下、くらくらしてきた・・・。しかしひたすら歩く。
のどが渇いた・・・水飲みたい、しかしここはどこだろう、適当な店が見当たらない。だからひたすら歩く。

しかし、首都バンコクは外国人もかなり多い。
そして、やっぱりどこか、地方の人々とは違うんだよな。なんか表情が。

これは、やはり世界共通か。内野、脇山、曲渕の人と、天神を急ぎ足であるく人たちの顔は、やはり違うんだよなー。


国際化したバンコクは、さほど日本の都市とは変わりない。
町の若い人はイケイケな服装しているし、服装を倒錯しておられる方もいらっしゃる。
バス停でまってる若い人はiPhoneだったりの携帯とにらめっこしてる。


うろちょろしながら、くらくらしながら、公園へ到着。
公園でくつろいでる人に証言でもしようかな、と考えて、ここを目指したのだけど、

人がいない。

芝だったり植栽に水をやっている人は必要以上と思えるほどいたのだけど、普通の人が、ほとんどいない。

公園に近い通りは人がうようよいたのに、ここはほんと静か。

この公園は大濠公園みたいな感じで、真ん中のお濠を囲む形の公園。

ここでひと休み。木陰に座って、日本には無い木々をみながらボーっとする。


ちかくの屋台で昼飯。
何かを食べたけど、おいしかった。当然のように辛いけど。
食べたら、すこしスタミナ回復。


途中、おおきなショッピングモールがあって、冷房を求めて入る。
奉仕そっちのけで、普通に楽しんできた。

たしか「MALL 21」とかいうモールで、なかなか凝った作り。
フロアそれぞれが世界各地の都市をテーマにしていて、一階はイスタンブール、二階はパリ、続いてロンドン、東京、サンフランシスコ、ハリウッド・・・みたいに。

ハリウッドのフロアのトイレには、便器の前に、大勢のパパラッチたちがこちらにむかってカメラを構えているペイントがなされていて面白い。

東京のフロアには、お約束の意味不明な漢字の羅列。そしてよくある中華と和風の混同。

歩いていて楽しいモールでした。しかしほとんど外国人だったなぁ。

モールをでて奉仕を再開。
外国人旅行者に英語のパンフレット渡してみたり。
でも、おもしろいよね。例えば日本人が外国に旅行して、その地で日本語のパンフレットを受け取るって考えたら。
「ここでもか・・・」って感じで。

まぁ、へとへとになりながらホテルに戻る。
今日はかなり歩いたな。

ホテルは駅の近くなので、沢山の屋台がある。
そこで、なんか適当なものを購入。
緑色の液体が何かが浸ったものを発見したので、グリーンカレーと思って買ってみた。

しかし辛い。
ここもで辛いと、すぐに舌の感覚が麻痺してくる。そして辛い(からい)というか辛い(つらい)

でもおいしいとは思うので、けっこう食べたんだが、途中でいよいよきつくなってきて、
なぜ、自分はこんなにつらい思いまでして食べているのだろうか、
もったいないとは思うけど、こんな思いまでして食べる価値がこれにはあるのだろうか、
と変な事を考え出して、結局リタイア。具だけ全部食べた。





おっちゃんと犬






4月28日 土曜

今日はアユタヤに。

いろんな理由がかさなって、偶然同じ時期に、旅行でタイに訪れた日本人姉妹二人とアユタヤ観光。

バンコクから北へ。車で1時間ほどの距離。
着いてすぐに、3倍近い値段でボッてくるトゥクトゥクのおじさんとおばさんを尻目に、違うトゥクトゥクをチャーター。3時間ほどの時間で、アユタヤ内のいろんなところに連れて行ってくれる。

トゥクトゥク 軽トラみたいだけど3輪
ペイントはアユタヤ仕様だね




アユタヤ遺跡:昔のタイの遺跡です。むかしビルマに攻略されました。(雑)





遺跡っていいよね。
何世紀前の人々が暮らしていた同じ道を、今自分が歩いているわけだから。
なんというか、、ロマンっていうやつ?


と月並みな事を言ってみる。



しかしちょっと暑くて、疲れる。
もう少し涼しい季節だったら、もう少し違うところを回れたかもね。

ちょっと早めに切り上げ、バンコクへ戻る。
夕方なので、車は渋滞。

ホテルにもどり、近くの屋台で、ヤム・ウン・センと思われるものを食べる。
うんおいしい。


4月29日 日曜日

今日はタイでの日本語の巡回大会。
大会はタイの支部事務所で行われる。べテルもみれてラッキー。

普段、難しいタイ語の習得と格闘している兄弟姉妹が久々に日本語のプログラムを聞けてうれしそうだ。

ほとんどが必要で来ている兄弟姉妹なわけだから、出席者の9割5分は開拓者であろう。
なんか、不思議だ。


べテル本部から来た兄弟があつかわれた話。
「みなさんタイ語に苦戦しておられると思います。しかしタイの人は非常に頭がいいです。
表情を読むのです。そしてあなた方の霊性を感じ取るのです。」

みたいな事を言ってた。ホッととすると共に、ホッとできない言葉だ。

巡回大会は3月に日本で行われたから、2度目だけど、忘れてた部分も少し、ほんの少しだけ、ちょーーっとだけ、ほんのちょびっとだけあるしね。
出席できてよかった。


行きは同じホテルにとまる兄弟に車で送っていただいたのだが、帰りは自力。
なんか、バスを乗り継ぎ、乗り継ぎ、途中迷いながらも帰れた。

今日も一日、充実。
快眠。



4月30日 月曜日 タイ最終日。

朝は、一度空港に行って、郵便局利用したり、バックパックを預けたり、(空港で荷物預かり、1日300円は良心的)
途中利用したエアポートリンクの駅
びっくりするほど人が少なくて、間違ったかと思った


そして鉄道つかって都市部にもどり、また歩き回る奉仕。



普通の通りに面した壁に、たくさんの数式。
日本では小学校3年生ぐらいで習うぐらいのものだろうか。

しかし、理路整然としていて単なる落書きには見えないし
綺麗にペンキの筆で書かれているので、ノートが買えない子が書いたようにも見えない。



ヴィクトリー モニュメント

そうです。それは日本語です。


都市部の高架にはBTS ,エアポートリンクなど新しく綺麗で高速な電車が走る。
その下で、古い鉄道列車が夕日が沈む方向にむかってゆっくり進んでいく


前:犬。
後ろ:線路上できばる犬。
その後ろ:おっちゃん


夕方に空港に戻って、ちょっと手紙書いて、4月の奉仕は終了!! がんばった!

またタイ1日目と同じように空港で仮眠をとる。

翌日朝7時の便で、タイからスリランカへ向かう。。

出国手続きを済ませた後の免税店街がかなり広い。
いろんなものが売ってて、飽きないけど、安いのはブランド物だけ。
食事等は、やはり市場の庶民の味のほうが遥かに安いし、そちらのほうがおいしい。

Air Asia航空をつかって、スリランカ・コロンボへ。


さらば、タイランド! さらば辛い料理!

Tuesday, April 24, 2012

フィリピンでの一週間


みなさん、お元気でしょうか。
わたしは元気です。

出発してから一週間たちました。
なかなか、充実した日々を送っておりまして、ホテルに帰ると疲れて眠ってしまいます。
Wi-Fiの環境も整わず(仕方がわからない)、マックのフリースポットなどでメールチェックや情報収集をしています。
回線速度が遅く、辛抱強さが試されるところです。


一週間の出来事を振り返りまして、ここに書こうと思っているわけですが、かなりの量です。
もはやブログといえるのでしょうか。
かるい小冊子ほどの量ですが、お暇なときにでも読んでいただけたら、嬉しく思います。



4月15日 日曜日

出発。
朝6時半に起床。眠い。
荷造りと部屋の片付けなどに追われ、2時間も寝てないと思う。眠い。(眠い)
10時から1時間かけて大阪国際空港。3月から運航されたPeachに乗って。


関空。なんか色合いが好きじゃない。


福岡空港と大阪国際空港の感想。「眠い」

大阪からフィリピン・マニラへ。オーストラリアの航空会社JetStarに乗って。
大阪-マニラで2万円切るから安いよね。片道燃料費込みで。


飛行機はPM5:00発。4時間ほどかけてマニラへ。
この時間のフライトは最高。日が沈む様子を雲の上からずっと見ることができる。窓際の席をとっててよかった。飽きないもんだ。
オレンジからブルーへ。最高のグラデーション。


マニラ着。
入国すると、そこは外国。そこには外国人しかいない。日本語つうじない。外国コワイネ。

空港のATMで現地通貨ペソを引き落とす。
「アノニホンジン、イマ、カネオロシタ。カネ、タクサンモッテル、ネラウナラ、イマネ!Here we go!」
と思われてないか、心配。

今晩の宿は空港から6kmほど離れてる安宿。そこまでは1時間ほどかかるけど、もう遅い(PM10:00)のでタクシーで。治安が悪いところでの移動は「ドアtoドア」が原則。

タクシーの運転手はジョン。陽気な人だ。なんかいろいろはなしたけど、忘れた。
途中で「日本のお金見たことないから、すこし見てみたい」と言い出してきた。
外国人観光客を狙うよくある手口だ。見せたら、盗られる。
持ってたけど、「全部変えちゃったよ」というと、ジョンは残念そう。そう簡単にはひっかかるもんか。
それにしても、やはりガイドブックにのっているようなことを目の当たりにすると、身が引き締まる。

ホテルに到着。安宿だけど、必要十分。
部屋で荷物まとめたりしてるとドアがノックされ、ホテルのスタッフが僕を呼ぶ。
玄関まで下りて来い、という。
なんだろう、こわい。
案内され向かっていく途中「money , money…」の単語だけ聞き取れる。
やばい、恐喝される。客なのになぜか恐喝される…、
もうやだ、この国、、と思っていたら、そこにいたのはさっきのタクシーのジョン。
混乱。タクシーの運転手を装っての集団的犯行か、などと頭はフル回転。

しかし、ジョンの手にあったのは、僕の財布。
「イシー、忘れてたよ! 財布、中身を確認して。」
なんと、タクシーに財布を忘れていた…。ただのドジじゃん。

中には免許証と1万円ぐらいの日本通貨が入っていた。
フィリピンは日本の物価の1/2から1/3だから、かなりの大金。
それをジョンは届けてくれた。お礼をしたいと思い財布の中にある日本円のいくらかを、と思ったが、タクシーのなかで「両替したから持ってない」といったばかりだった。
ただThank Youの言葉しか言えなかった。
疑ったことを恥ずかしく思う。John,I'm sorry and Thank you very much.

お金が戻ったことよりも、わざわざ戻って届けてくれたことがうれしい。
すべての人を信じることはできないが、すべての人を疑うこともできない。


以後も多くのフィリピ-ノに助けられる。この国の人は親切だ。

ホテルの窓から。
昼間は人でごったがえす。


4月16日 月曜日
起きてホテルの近くをブラブラ。ここはどうやらチャイナタウンのようだ。複雑なマニラのなかでの中国人街、なかなかカオスなところだ。
1時間ほどしてホテルをチェックアウト。1、2km離れたところにある、「イントラムロス」という要壁で囲われた旧市街に行こうと思う。

しかし、迷った。

そもそもiPhoneでネットできるし、地図も見れるから大丈夫と思っていたのだが、それができなかったら(たぶん僕が使い方がわからないだけ)なにもできない。
そして、この町には、標識がない。信号がない。

ホテルの前の通り。この辺はまだきれい。

最初はブラブラしてて楽しかったのだが、疲れた。20Kg近い荷物をもって2時間ほど歩き回ったわけだもの。
道路にはゴミがあふれ、異臭がする。あとでわかるが、この付近がたまたまそんな感じだったわけで、すこしはなれると普通になる。

そしてさらに迷い込む。巨大なバックパックを抱えた僕が確実に場違いな場所に。おそらく普通の市民すらも入らないような貧民街のようなところに。

さすがにすぐに引き返し、大通りに。もういいや、イントラムロスはあきらめた。べテルに行こう。
べテルは自分がいる場所から5kmほど離れている。どうやっていこうか、ひとまずこの界隈を抜け出したい。


なんとかべテルに着いた。(いろいろあったけど長いから略)

感想:きれい

ただそれに尽きる。マニラが汚いというわけではないが、基本的にゴミがちらかってる。それにくらべると、ここがいかに敷地外と異なっているかがわかる。

それに冷房が上品。
なんか、マニラのバスとか、ホテルの冷房は下品なのだ。きつい。

ひととおり見学。輪転機が休止日だったのは残念。

多くの兄弟姉妹と会話したし、ほんと楽しかった。
日本人の兄弟とか姉妹とも話せたし。(わざわざ来てくださった)
今日はどこに泊まるの?と聞かれたから「いまから探します」と答えたら、かなり心配されて、僕のためにホテルを探してくれた。
そんなつもりでいったわけではなかったのだが、申し訳ない。結局、ちょっと離れたところにあるホテルを紹介してくれて、わざわざタクシーつかって僕を送ってくれた。………結構いいホテルだった。リビングにキッチン、寝室にバスルーム。円で換算すると安いが、貧乏旅行には似つかわしくない。あ、文句をいってるわけじゃないよ。兄弟に本当に感謝してるし、ナイスな経験だった!
ホテルの最上階でブレイクファスト。優雅。



4月18日 火曜日
きのうべテルで聞いたのだが、今日はべテルの英語会衆の日本語の群れの奉仕の集まりがあるみたい。
きのうホテルまで送ってくれた兄弟に、またべテルまで送ってもらう。同じホテルにはパプア・ニューギニアから来た一家がいて、その一家と一緒にべテルへ。

(略)

そして奉仕。
区域は喧騒とした街路からすこしはなれて静かな住宅地。

ここにきて、やっぱり南国っていいな、と思う。カラフルな花に、ユニークな形の葉、多くの緑。日本で「室内の日当たりのいい所・屋外は不可」と説明されて観葉植物として売っているものが、普通に生えてるんだもの。

共に奉仕した姉妹たちと共にランチ。ガイドブック片手の旅行ではできない、現地の人たちの暮らし―食べ物とか、住むところとか―を知ることができるのは本当に貴重な体験。

しかし、何食べたか忘れた。

奉仕してて思ったのが、やはり僕は温度変化に強いということ。
現地の人が、暑い、暑いといってても僕は結構平気だったりする。
暑いとは思うけど、別にきつくはない。

というか体温調整機能がうまく機能していないだけかもね。寒いのも平気だし。




4月19日 木曜日
ノープラン。どこに行こうか。
最初は、世界最大規模の棚田のあるバナウエというところとか、スペイン下にあった時代の街並みを残すビガンという町に行こうかと思ったけど、遠い。バスで8時間以上。

で、マニラから南に60kmほどの場所にあるタガイタイという町に行くことに決めた。
ここは世界最小の活火山があるところで、その火山は湖に囲まれている。説明がめんどくさいので、気になった方は検索。

いそいで、インターネットでホテルを検索&予約。(AM:11:30)当日に目的地を決めるなんて行き当たりばったりだよね。
でも、これはぼくにとって計画的なノープランだから問題ない。
NO PLAN is MY PLAN.

バスが出てるみたいだけど、どこから乗ればいいのか…と考えているうちに目の前に偶然バスターミナル。ネット情報では乗り継いでいくしかない、みたいな事書いてあったけど、TAGAYTAYの文字が書かれてあるバス発見。直行?乗ってみた。

PM3:00 着いた。

タガイタイに行こうと思いついてから、トントン拍子に事がすすんでいくからおもしろい。

着いたのはいいけども、ホテルの場所がわからない。タガイタイといってもタガイタイという市なので当然広い。どうしようか。マックがあったのでそこで休憩。
Wi-Fi使おうとおもったけど、なぜかできなかった。どうしよう。
(アイスコーヒーが100ペソって今考えれば激しく高い。同じマックのBIGサイズのフロートが50ペソだったり、バーガー&ドリンク&ポテトのセットが100ペソなのに。意味わからん。)
途方にくれながらも必要なものがあったので隣接する薬局に入る。

そこで一人の少女を発見!!!服装が確実に他の人とは違う!
よくみるとバッグのなかに、聖書は実際に何を教えていますか?の本。

ほんとエホバの証人、どこでもいるんだね。

どうやら奉仕の途中か帰りだろうか。26歳の姉妹と16の姉妹と10歳ぐらいのリトルな兄弟。
彼女たちは本当に親切に僕を案内してくれた。

景色のいい場所につれてってくれたり、ハロハロおごってくれた。
ハロハロ!!カキ氷みたいな奴。具がいっぱいあって、ゼリー、タピオカ、果物いっぱい(マンゴー、バナナ、キウイ、ウベ、あとコーンとかサツマイモも入ってた)に、ミルクだったりをかけて、混ぜて食べる。あのミニストップにあったやつとはぜんぜん違う!
大体が屋台みたいなところで売ってて店によってぜんぜん味が違うから面白い。
荷物重し!
ハロハロ美味し!


なんというか、本当に親切。
最高に楽しかった。

そして王国会館見たい?と聞かれたので、ぜひとも!といったら連れてってくれた。
で、なりゆきでその日の晩の集会に出席。
で、なりゆきで、現地の兄弟姉妹宅に泊まらせてもらうことに。ホテルはキャンセル。


4月20日 木曜日
で、タガイタイの動物園に連れてってもらった。トラの赤ちゃん抱っこしたよ。


最高に幸せ。


で、おそらく僕が一番好きな動物であろう、ホワイトライオンがひょっこりいた。かなり珍しい(はず)なのに、普通にいた。


「ミルキーちゃん」だそうです。あまりにも普通にいたので、ちょっと拍子抜け。


またハロハロ食べた。


晩は、兄弟がやってるお店で晩御飯。なんかおいしいスープとタコのフライ。そしてビール。おいしかった。
10人ぐらいで食べたりしたかな。
いろんな話きけて本当によかった。
タガイタイの夜はけっこう涼しくて、そんななかで湖のほとりのデッキで、仲間と食事をする。
昨日出会ったばかりだけど、気兼ねなく話ができる。
なんにも派手なことはしていない。しかし、なんでこんなに楽しいのだろう。



晩はそのお店の兄弟の家に泊まる。家具が素敵な家だ。




4月20日 金曜日
朝5時半起床。早い。
今日はタガイタイの山に登る予定だ。日中の暑くなる前に登ろうってわけだ。
この山は湖に囲まれていて、そこに行くまではボートをチャーターしなければならない。
中央に見えるのがその火山です。たぶん。



火口。いわば湖の中の湖。

登ったら、下山。またボートに乗って戻る。
その後は、またしばらく歩いて、現地の少年たちのバイクタクシーみたいなものに乗って、またどこかへ登っていく。
こんな道の中をバイクで登っていくんだもの。
気持ちよくないわけがない。

バイクで登ったと思ったら、今度は徒歩で森の中を降りていく。
やはり日本とは木が違う。ジャングルのようだ。飛んでいる蝶が綺麗。ほんと別世界。


川に出る。さらに川を登っていく。サンダルないから、裸足で。

秘境てきな。

滝だ!登っていくと滝にでる。写真忘れた・・・。


そのあと、また登る。ひたすら登る。
ちょっとガイドを、っていうレベルじゃないほど登る。
たぶん距離的にはそこまでなかったのだが、なにせ兄弟の足が速い。
4人で登ったのだが、僕以外の2人のほうがバテてた。だからそこの人たちの足腰が強いってわけでなくて、その兄弟が異常だっただけだとおもう。かなりハイペース。
たぶん、いままでで、いちばんきつかった山登り。



頂上で最高のハロハロを食べさせてあげよう、と言ってたのだが、自分だけスペシャルリクエストのハロハロ食べてた。そっちのほうがおいしそう・・・。

ジプニーで下山。おなかがすいたところで、ロニというなんかおいしいものを食べた。

タガイタイは激しく楽しかった。絶対にこのひと時は忘れないだろう。

ずっとここにいたい。

しかし戻らなければ。マニラにもどらなければ。

英語ができなくて辛いと思うのは、感謝をうまく表現できないこと。
どれだけ楽しくて、嬉しかったか。でも、Thank youの言葉しか出てこない。
あまり表情が豊かでない僕だが、どれだけ感謝しているか、兄弟達に伝わっただろうか。




しかしなんとなくタガイタイに来たもんだから、戻りかたがよくわからない。
今日の夜のホテルは前に泊まった所とはまた別の場所だし。
まぁ、いいや、って乗ったバスは間違ってはいなかったけど、降りるところがわからず。
終点まぢかで乗務員が「ん?お前、どこに行きたいんだ?」ときいてきたので、地図を見せると「Oh~!」と頭を抱え込む。
どうやら途中で降りて鉄道で乗り換えなきゃいけなかったみたいだ。

鉄道になんて乗ったことない。わからない。もう日も暮れて暗い。
しかし、そこにいた一人の女性が僕を心配してくれて、わざわざ電車乗り場まで連れてってくれた。

彼女が鉄道の職員に事情を説明してくれた。
最後に、「気をつけてね、あなたのために祈ってるわ」と言い残して、彼女は帰っていった。
ありがとう、パニー(その人の名前)
職員も、本当ならば長蛇の列に並ばないと買えない切符を、こっそりぼくのために裏で買ってきてくれて、目的地までの行き方をわざわざ紙に書いてくれた。
帰宅ラッシュの満員電車に揺られて、なんとかホテルに着いた。
ぎゅうぎゅ詰めの電車の中で、巨大なバックをしょっている僕は白い目でみられていた。


少なくとも僕が接したフィリピン人はみんな親切だった。


ホテルについたけど、なんかいろいろあって(略)別のホテルにとまる。なんかトラブルの香りがしたけど、何もなかったね。
朝5時おきの今日はかなり濃い一日だった。明日は予定なし。ぐっすり眠れる。


4月21日 土曜日
予定なし。
インターネットでいろいろしたかったけど、このホテルはWi-Fiが飛んでない。
まぁ、外に出てみよう。
ホテル正面にはSMというショッピングモールがある。
かんなりデカイ。疲れた。床面積はマリノア4つ分ぐらいあるんじゃないだろうか。
でも日本のショッピングモールとほとんど変わらない感じで、あんまり面白くなかった。(普通で)

そこにあった、Air Asiaという航空会社でタイ→スリランカのチケットを買う。
今まではすべてネットだったので、はじめて実店舗で買った。

きょうは、特になんともない一日。
いままでが濃すぎたのでまぁ、いいや。軽く昨日の筋肉痛。



4月22日 日曜日 フィリピン最終日
かなり遅い起床。
そのまま、日本語の群れの集会に行こう。場所はべテル。
ホテルからべテルは近い。トライシクルで5分ぐらいで着いた。
集会後、そのまま空港にいくつもりだったので、バックパックをしょって。
べテルの玄関で、「ハイキングにでも行くの?」と笑われたけど、気の利いた言葉がでず、ただ、微笑むだけ。

集会。
研究生の意欲的な注解だったり、ちょうど研究記事にもあったような「積極的な霊」が見られる会衆だ。ちょうど日本からのゲストもいた。

皆と別れをおしみつつ解散。

しかし、まだ空港に行くのには早すぎる。
そうだ、1日目に断念した「イントラムロス」に行こう。

きのうマスターした鉄道にも問題なく乗れて、イントラムロスに到着。
もうマニラは僕の庭だ。

イントラムロスはスペイン統治下の町並みを残す一画で、独特の風情がある。
西洋の町並みの中にも、どこかマニラの賑わいがあって、歩いてて楽しい。
が、バッグが重い。きつい。すわりたい。

要壁で囲われた一画


セブンイレブンもおしゃれ。




馬車

時間もないし、かなりダッシュで観光。有名ななんちゃら要塞も見らずに撤収。
まぁ、いいや、行かなかったよりはマシ。

また鉄道に乗って、空港に近いバクララン駅へ。
この駅周辺もかなりマーケットがあって、歩くのが大変だった。ゆっくり見ていきたかったけど、また今度。(あるかな?)


そこからあるいて、マニラ・ニノイ・アキノ空港へ。
空港着。

座りたいけど、ベンチがない。
みんな床に座ってる。

かなり並ばないと搭乗手続きができない。へとへと。
時間に余裕もってきたつもりだったけど、けっこうバタバタ。

セブパシフィックという航空会社の飛行機に乗って、出発。
さらば、フィリピン。