A persons travels, not to get where he is going, but just to travel
3 months journey / Asia Africa Europa America

Monday, April 30, 2012

タイランド

“そこは微笑みの国でした”

石井 大地 (日本)の語った経験

私がタイに訪れたのは4月の後半、それはタイの一年においてもっとも暑い時期でした。
日中は40℃を越すことも珍しくありません。そのなかで、奉仕するのは時に大変でしたが、喜びをたもつことができました。
そこでの経験をいくつかお話させてください。


と、ライフストーリー風にはじめてみました。
以下は、俗っぽく。

4月23日 (月)
ちょうど、日付が変わったころに、タイのバンコク、スワンナプーム国際空港着。
この空港は比較的、新しく、とても綺麗。
たしか、どこかの国の何とかという西洋人がデザインしたもので、とてもおしゃれだと思う。
メタリックな雰囲気だけど、やわらかくあたたかく、ノスタルジックだけど、懐かしく親しみやすく、
フレッシュだけど、古く土臭く、

そんな感じ。
金属感がブリキみたいでいい感じ


で、この日はホテルとってないため、空港で仮眠しようか・・・と考えていたら、
1F(主な施設は2Fより上)のベンチでみんな爆睡してた。
僕もちょっとのつもりだったけど、十分な睡眠をとれました。(約7時間)
4つ並びの椅子をみなベッドに。



で、コラートをめざす。
そのためには、バンコクのバスターミナルに行かないといけない。
そこまでタクシーでいくのだが、いろいろあった。(兄弟ありがとうございました)
なんとかバスターミナルにつきまして、なんとかバスにも乗れました。

バス待ってるときの横の男性が変な人だった。激しく暑いタイのこの時期になぜか革ジャン着てて汗だく。
なにか、ものすごく僕にしゃべりかけてくるのだが、英語なのか、日本語なのか、タイ語なのかわからなかった。ほとんど理解できなかったのだが、英語で「うちの奥さんは、幸せじゃないね。俺がこんな風だから」と言っているのは理解できた。だめだよ、幸せにしないと。
バスに乗り込むときも、9割席はあいているのに、僕の隣に座ってきた。
怖かったので、逃げて別の席に。



4時間ほどかけてコラートに到着。

暑いね、この国。


姉妹が予約してくれたホテルに荷物を降ろす。
このホテル、日本円でおよそ1泊1000円ほどだが、とても居心地がいい。冷房もあるし、冷蔵庫もある。(安宿だとなかなか冷蔵庫がないんだよな)


で、その晩。
現地に住む日本人夫婦の兄弟姉妹の家におじゃま。
姉妹たちが夕食を準備してくださっている間に、僕はその家の庭でマンゴーを収穫。

どれがいいのかなー、なんて迷っている時間。
―夕暮れ時、日が落ちて涼しくなり、姉妹たちが台所でおしゃべりをしているのが聞こえる。なにかの動物の鳴き声も時折聞こえる―


そんな時間が幸せすぎる。


晩御飯。
最近、タイに越してこられた兄弟姉妹も加わり、7人で食事。全員日本人。

かなり沢山の種類のおかずを用意しってくださって、どれもおいしかった。ごちそう。
久しぶりにこんなにしっかりとした食事をとった気がする・・・。
そして初めて食べるフルーツ。名前忘れた。


そして、その家の兄弟がわざわざ僕のホテルまでバイクで送ってくださる。
夜のバイクはいいねーーー。

ホテルではぐっすり寝れた。

4月24日 火曜日

朝、奉仕です。

これまた現地にすむ日本人の兄弟がホテルから奉仕場所までおくってくださるみたいで、ホテル前で待つ。

ホテルの前にいた屋台のおじちゃんに今覚えたばかりのタイ語でパンフレットを渡す。
「ハーイ クーン クラップ」 たぶん、はい、どうぞ的な意味だと思うけど。

おじちゃんはにこやかに受け取ってくれた。
幸先良いスタート。

この言葉が通じない土地で、コミニケーションをとる上で重要なのは、表情だとあとで思った。
ひとまず、笑顔でいよう。


兄弟が来た。

「いま、そこのおじさんにパンフレット渡しましたよー!」
と、子供のようにはしゃぎながら兄弟に報告したら、

「あー、そのおじさん僕の再訪問だよー」って。

僕の渡したパンフレットから、兄弟がいくらか話して、そして僕がその後ろで微笑んで。


そして出発。奉仕場所まではけっこう距離がある。

この会衆がもつ区域はかなり広い。どのくらいかは説明できないけど、かなり広い。




そして奉仕。
僕は、現地の兄弟と奉仕。この兄弟、学校ですこし日本語を勉強していたらしく、単語つなげて、なんとかコミュニケーションをとれた。偶然にも同い年だった。

何枚かパンフレット渡せた。サワディカープ と ハーィクーンクラップ の2語だけで。


かなり暑い中、途中途中で休憩しながら、皆で囲み囲みの奉仕をする。
僕が小さいときもこんな感じの奉仕だったのを覚えてる。
幼いころの奉仕の記憶は、不思議と、真夏の日の記憶だ。
暑い中で、途中途中に飲む水筒のお茶がおいしかったのを覚えてる。




なんか、奉仕はあっという間に終わったように感じる。




お昼は、名前忘れたけど何か、米、焼き飯のような物を食べた。
おいしい。タイ料理はやはり独特のくせがあり、人によっては苦手だが、僕にとっては新鮮で、そして好みの味だ。

―――――

料理にその国の国民性や特徴が現れると僕は思う。偏見だけど。

日本食は繊細で緻密、求道的
フレンチはお洒落で軽やか、ファッショナブル。
イタリアンは鮮やかで気取っているが、やはりかっこいい。
中華は賑やかでスピーディーで力強い。
インドのカリーは怪しいほどに複雑で魅惑的。
トルコ料理は知らない。


しかし、どうも僕のイメージの中ではタイ人のイメージとタイ料理が結びつかない。
穏やかな国民がなぜこんなに騒々しい料理(一応褒めてます。)を食べるのか。
そしてなぜこんなに辛いのか。

と、僕のしょうもない意見でした。

―――――

で、昼間はホテルで寝て、夜はマーケットに。

なんかいろんな店があります。(雑)




そこで、タイマッサージを経験。
マッサージ自体はじめてだったけど、せっかくなので挑戦。

ガイドブックにのってるような優雅な感じのマッサージではなく、マーケットの一画にある庶民的な感じ。1時間で120バーツ(360円ほど)なので、激しくリーズナブル。

日本を出てからというもの、旅行中はひたすら歩き回っていたので、疲れもとれたかな。

(20kg近い荷物を背負いながら歩いたりもするもんで、腰を悪くしそうで怖い。腰を痛めるのが、石井家でもブームだし・・・。)

なんか、マッサージをした後は、体が軽くなった感と同時に、身長が伸びた気もする。
たぶん今175cmぐらいあるよ?
きっと。そう、きっと・・・。
僕はそう信じている。




そして、虫食べました。
虫食べましたよ、私。
私、食べたのよ、虫。




なんかバッタみたいな奴。
桜海老の味がした。
味付けされてるので、その味だね。佃煮みたいな。

他にも普通のものも食べたよ。
フルーツジュース。
いろんなフルーツだったり、野菜だったりを選ぶと、それをミキシングしてくれる。
僕のオーダーは確か、バナナとココナツとパイナップルとキウイと青りんごとヨーグルト。
あまり、冒険しなかったね。
普通はこんなにたくさんの種類で作らないらしいけど特別に作ってくれたみたい。
おいしかった。

あと散らし寿司的な何か。
あんまり記憶にない。普通においしかったと思う。

あといろいろな物をココナッツミルクに浸して食べるタイのスウィーツ。
too sweet. 甘すぎる。ちょっと全部は食べれなかったね、これは。


そして帰りはベルギーから来たB兄弟のバイクに乗っけてもらって、帰宅。Thank You!



4月25日 水曜日

今日も、朝奉仕。
日本人の姉妹とペアくんで。いろんな話を聞けてよかった。
言語が違う現地の兄弟姉妹と話すのも楽しいけど、やはり日本人と話すと、いろんな事を聞けて有意義だね。

今日も同じように暑い。

奉仕も、家の方が、笑顔で迎えてくれるし、水とか出してくれるし、椅子だしてきてくれるし、なんか有意義な話し合いができてるし(何と言っているのかさっぱりわからないけど、僕は後ろで微笑む)
とても、楽しい。

昼は食堂でタイ料理!!

トム・ヤム・クンとパット・タイとあと何か。

美味い!!辛いけど美味い! 辛いと汗より先に鼻水が出てきて困るけど、美味い。


しかし、暑いと、やはり疲れるんね。
ホテルに帰って冷房きかせて昼寝。

夜は、K姉妹とK姉妹の家でH兄弟と共にディナー。
姉妹お手製のタイ料理。
これもおいしかったー!!



4月26日 木曜日
今日はバンコクに戻るのだが、昼のバスで行くので、午前中はコラートの旧市街を散策。

カメラもって、ひたすら歩くだけ。
特に何もしない。

商売っ気の無い店にはいって、変な目でみられて、何も買わず出て行く。
途中で小腹が好いたら、道で売ってる「何か」を買う。

でも、こーいうのが好きなんだなー。
発展した国際化した都市や、観光地化して化粧された町並みではなく、
何も飾らない町並みを歩くのが。

こんなところで何の写真を撮っているのだろうか、、と思われているだろう。

でも、観光地や名所の写真は、インターネットで検索すれば、何枚もヒットする。
別に僕が撮る必要はない。もっと腕のいいカメラマンがいいカメラで既に撮っているだろう。


とかいいつつも、たいした写真は撮ってない。

ペットサロンの屋根から飛び降りる野良猫
ずっと降りるのにためらっていた。
その様子を町の人が笑いながら見守る



スイカ マンゴー ドリアン ・・・
いろんなフルーツが並ぶ



くもん いっくもん♪




途中に沢山の動物の置物があった。

なんだろう。

ライオンと鳥も仲良し。
そう、ここは楽園のようだ。
イザヤ11:6-8

カンガルー。
腹の部分には本来、花の植木鉢などをいれるのであろうが、
通行人がいれたペットボトルなどのゴミがたまっている。
しかし、それでも凛々しい表情で前をみつめるカンガルーには感服した。

しかし、この炎天下の中を2時間歩くのはさすがにしんどいね。
旧市街をはなれて、デパートに。
涼しい。

フードコートみたいなところで、いろんな味のフルーツジュース、スムージーみたいなのを作っている店で、キウイのスムージーを買った。
キウイの味はあんまりしない。なんだろう、この味は。なんか、甘い味・・・。
そう、それは砂糖の味!
キウイをかき消し、打ちのめす砂糖の味さっ!

ちょっとばかし甘すぎて、半分も飲めずに。もったいない。

砂糖少なめでって言わないといけないね。

で、バンコクにバスで行きます。K姉妹とK姉妹と共に。
4時間弱ぐらいだったかな、タイは道路が整っていて、快適。

バンコク。

到着して、エアポートリンクという鉄道を使いホテルへ。ここで姉妹たちとはお別れ。また日曜日の大会で会える。

ホテル到着。
NasaVegasHotel



ホテルから見える町並み


ここは、兄弟から紹介してもらったホテルだけど、プロモーション価格でけっこう安めの値段でとれた。1000円ぐらいだったかな。本当はもう少し高いはず。
しかし思いのほか、ホテル自体はいいもので、フロントとかも豪華。
かなり、外国人宿泊者がいたね。

そして部屋のバスルームにはなんと、浴槽が!!
2週間ぶりぐらいに、お湯に浸かれた。しかもジャグジーついてる。最高でした。

タイの一週間はホテルに恵まれてたなー。


4月27日 木曜日

奉仕。非公式。
日本でも時々やってた、ひたすら歩き続ける奉仕。
目指すは、たしかベンチャキティという名の公園。

途中、なんかバイパス下みたいなところに入り、人気なくなるけど、ひたすら歩く。
バスを待ってる人にパンフレットを渡し、ひたすら歩く。
なんか暇そうな人をみつけたら渡す、そしてひたすら歩く。
炎天下、くらくらしてきた・・・。しかしひたすら歩く。
のどが渇いた・・・水飲みたい、しかしここはどこだろう、適当な店が見当たらない。だからひたすら歩く。

しかし、首都バンコクは外国人もかなり多い。
そして、やっぱりどこか、地方の人々とは違うんだよな。なんか表情が。

これは、やはり世界共通か。内野、脇山、曲渕の人と、天神を急ぎ足であるく人たちの顔は、やはり違うんだよなー。


国際化したバンコクは、さほど日本の都市とは変わりない。
町の若い人はイケイケな服装しているし、服装を倒錯しておられる方もいらっしゃる。
バス停でまってる若い人はiPhoneだったりの携帯とにらめっこしてる。


うろちょろしながら、くらくらしながら、公園へ到着。
公園でくつろいでる人に証言でもしようかな、と考えて、ここを目指したのだけど、

人がいない。

芝だったり植栽に水をやっている人は必要以上と思えるほどいたのだけど、普通の人が、ほとんどいない。

公園に近い通りは人がうようよいたのに、ここはほんと静か。

この公園は大濠公園みたいな感じで、真ん中のお濠を囲む形の公園。

ここでひと休み。木陰に座って、日本には無い木々をみながらボーっとする。


ちかくの屋台で昼飯。
何かを食べたけど、おいしかった。当然のように辛いけど。
食べたら、すこしスタミナ回復。


途中、おおきなショッピングモールがあって、冷房を求めて入る。
奉仕そっちのけで、普通に楽しんできた。

たしか「MALL 21」とかいうモールで、なかなか凝った作り。
フロアそれぞれが世界各地の都市をテーマにしていて、一階はイスタンブール、二階はパリ、続いてロンドン、東京、サンフランシスコ、ハリウッド・・・みたいに。

ハリウッドのフロアのトイレには、便器の前に、大勢のパパラッチたちがこちらにむかってカメラを構えているペイントがなされていて面白い。

東京のフロアには、お約束の意味不明な漢字の羅列。そしてよくある中華と和風の混同。

歩いていて楽しいモールでした。しかしほとんど外国人だったなぁ。

モールをでて奉仕を再開。
外国人旅行者に英語のパンフレット渡してみたり。
でも、おもしろいよね。例えば日本人が外国に旅行して、その地で日本語のパンフレットを受け取るって考えたら。
「ここでもか・・・」って感じで。

まぁ、へとへとになりながらホテルに戻る。
今日はかなり歩いたな。

ホテルは駅の近くなので、沢山の屋台がある。
そこで、なんか適当なものを購入。
緑色の液体が何かが浸ったものを発見したので、グリーンカレーと思って買ってみた。

しかし辛い。
ここもで辛いと、すぐに舌の感覚が麻痺してくる。そして辛い(からい)というか辛い(つらい)

でもおいしいとは思うので、けっこう食べたんだが、途中でいよいよきつくなってきて、
なぜ、自分はこんなにつらい思いまでして食べているのだろうか、
もったいないとは思うけど、こんな思いまでして食べる価値がこれにはあるのだろうか、
と変な事を考え出して、結局リタイア。具だけ全部食べた。





おっちゃんと犬






4月28日 土曜

今日はアユタヤに。

いろんな理由がかさなって、偶然同じ時期に、旅行でタイに訪れた日本人姉妹二人とアユタヤ観光。

バンコクから北へ。車で1時間ほどの距離。
着いてすぐに、3倍近い値段でボッてくるトゥクトゥクのおじさんとおばさんを尻目に、違うトゥクトゥクをチャーター。3時間ほどの時間で、アユタヤ内のいろんなところに連れて行ってくれる。

トゥクトゥク 軽トラみたいだけど3輪
ペイントはアユタヤ仕様だね




アユタヤ遺跡:昔のタイの遺跡です。むかしビルマに攻略されました。(雑)





遺跡っていいよね。
何世紀前の人々が暮らしていた同じ道を、今自分が歩いているわけだから。
なんというか、、ロマンっていうやつ?


と月並みな事を言ってみる。



しかしちょっと暑くて、疲れる。
もう少し涼しい季節だったら、もう少し違うところを回れたかもね。

ちょっと早めに切り上げ、バンコクへ戻る。
夕方なので、車は渋滞。

ホテルにもどり、近くの屋台で、ヤム・ウン・センと思われるものを食べる。
うんおいしい。


4月29日 日曜日

今日はタイでの日本語の巡回大会。
大会はタイの支部事務所で行われる。べテルもみれてラッキー。

普段、難しいタイ語の習得と格闘している兄弟姉妹が久々に日本語のプログラムを聞けてうれしそうだ。

ほとんどが必要で来ている兄弟姉妹なわけだから、出席者の9割5分は開拓者であろう。
なんか、不思議だ。


べテル本部から来た兄弟があつかわれた話。
「みなさんタイ語に苦戦しておられると思います。しかしタイの人は非常に頭がいいです。
表情を読むのです。そしてあなた方の霊性を感じ取るのです。」

みたいな事を言ってた。ホッととすると共に、ホッとできない言葉だ。

巡回大会は3月に日本で行われたから、2度目だけど、忘れてた部分も少し、ほんの少しだけ、ちょーーっとだけ、ほんのちょびっとだけあるしね。
出席できてよかった。


行きは同じホテルにとまる兄弟に車で送っていただいたのだが、帰りは自力。
なんか、バスを乗り継ぎ、乗り継ぎ、途中迷いながらも帰れた。

今日も一日、充実。
快眠。



4月30日 月曜日 タイ最終日。

朝は、一度空港に行って、郵便局利用したり、バックパックを預けたり、(空港で荷物預かり、1日300円は良心的)
途中利用したエアポートリンクの駅
びっくりするほど人が少なくて、間違ったかと思った


そして鉄道つかって都市部にもどり、また歩き回る奉仕。



普通の通りに面した壁に、たくさんの数式。
日本では小学校3年生ぐらいで習うぐらいのものだろうか。

しかし、理路整然としていて単なる落書きには見えないし
綺麗にペンキの筆で書かれているので、ノートが買えない子が書いたようにも見えない。



ヴィクトリー モニュメント

そうです。それは日本語です。


都市部の高架にはBTS ,エアポートリンクなど新しく綺麗で高速な電車が走る。
その下で、古い鉄道列車が夕日が沈む方向にむかってゆっくり進んでいく


前:犬。
後ろ:線路上できばる犬。
その後ろ:おっちゃん


夕方に空港に戻って、ちょっと手紙書いて、4月の奉仕は終了!! がんばった!

またタイ1日目と同じように空港で仮眠をとる。

翌日朝7時の便で、タイからスリランカへ向かう。。

出国手続きを済ませた後の免税店街がかなり広い。
いろんなものが売ってて、飽きないけど、安いのはブランド物だけ。
食事等は、やはり市場の庶民の味のほうが遥かに安いし、そちらのほうがおいしい。

Air Asia航空をつかって、スリランカ・コロンボへ。


さらば、タイランド! さらば辛い料理!

Tuesday, April 24, 2012

フィリピンでの一週間


みなさん、お元気でしょうか。
わたしは元気です。

出発してから一週間たちました。
なかなか、充実した日々を送っておりまして、ホテルに帰ると疲れて眠ってしまいます。
Wi-Fiの環境も整わず(仕方がわからない)、マックのフリースポットなどでメールチェックや情報収集をしています。
回線速度が遅く、辛抱強さが試されるところです。


一週間の出来事を振り返りまして、ここに書こうと思っているわけですが、かなりの量です。
もはやブログといえるのでしょうか。
かるい小冊子ほどの量ですが、お暇なときにでも読んでいただけたら、嬉しく思います。



4月15日 日曜日

出発。
朝6時半に起床。眠い。
荷造りと部屋の片付けなどに追われ、2時間も寝てないと思う。眠い。(眠い)
10時から1時間かけて大阪国際空港。3月から運航されたPeachに乗って。


関空。なんか色合いが好きじゃない。


福岡空港と大阪国際空港の感想。「眠い」

大阪からフィリピン・マニラへ。オーストラリアの航空会社JetStarに乗って。
大阪-マニラで2万円切るから安いよね。片道燃料費込みで。


飛行機はPM5:00発。4時間ほどかけてマニラへ。
この時間のフライトは最高。日が沈む様子を雲の上からずっと見ることができる。窓際の席をとっててよかった。飽きないもんだ。
オレンジからブルーへ。最高のグラデーション。


マニラ着。
入国すると、そこは外国。そこには外国人しかいない。日本語つうじない。外国コワイネ。

空港のATMで現地通貨ペソを引き落とす。
「アノニホンジン、イマ、カネオロシタ。カネ、タクサンモッテル、ネラウナラ、イマネ!Here we go!」
と思われてないか、心配。

今晩の宿は空港から6kmほど離れてる安宿。そこまでは1時間ほどかかるけど、もう遅い(PM10:00)のでタクシーで。治安が悪いところでの移動は「ドアtoドア」が原則。

タクシーの運転手はジョン。陽気な人だ。なんかいろいろはなしたけど、忘れた。
途中で「日本のお金見たことないから、すこし見てみたい」と言い出してきた。
外国人観光客を狙うよくある手口だ。見せたら、盗られる。
持ってたけど、「全部変えちゃったよ」というと、ジョンは残念そう。そう簡単にはひっかかるもんか。
それにしても、やはりガイドブックにのっているようなことを目の当たりにすると、身が引き締まる。

ホテルに到着。安宿だけど、必要十分。
部屋で荷物まとめたりしてるとドアがノックされ、ホテルのスタッフが僕を呼ぶ。
玄関まで下りて来い、という。
なんだろう、こわい。
案内され向かっていく途中「money , money…」の単語だけ聞き取れる。
やばい、恐喝される。客なのになぜか恐喝される…、
もうやだ、この国、、と思っていたら、そこにいたのはさっきのタクシーのジョン。
混乱。タクシーの運転手を装っての集団的犯行か、などと頭はフル回転。

しかし、ジョンの手にあったのは、僕の財布。
「イシー、忘れてたよ! 財布、中身を確認して。」
なんと、タクシーに財布を忘れていた…。ただのドジじゃん。

中には免許証と1万円ぐらいの日本通貨が入っていた。
フィリピンは日本の物価の1/2から1/3だから、かなりの大金。
それをジョンは届けてくれた。お礼をしたいと思い財布の中にある日本円のいくらかを、と思ったが、タクシーのなかで「両替したから持ってない」といったばかりだった。
ただThank Youの言葉しか言えなかった。
疑ったことを恥ずかしく思う。John,I'm sorry and Thank you very much.

お金が戻ったことよりも、わざわざ戻って届けてくれたことがうれしい。
すべての人を信じることはできないが、すべての人を疑うこともできない。


以後も多くのフィリピ-ノに助けられる。この国の人は親切だ。

ホテルの窓から。
昼間は人でごったがえす。


4月16日 月曜日
起きてホテルの近くをブラブラ。ここはどうやらチャイナタウンのようだ。複雑なマニラのなかでの中国人街、なかなかカオスなところだ。
1時間ほどしてホテルをチェックアウト。1、2km離れたところにある、「イントラムロス」という要壁で囲われた旧市街に行こうと思う。

しかし、迷った。

そもそもiPhoneでネットできるし、地図も見れるから大丈夫と思っていたのだが、それができなかったら(たぶん僕が使い方がわからないだけ)なにもできない。
そして、この町には、標識がない。信号がない。

ホテルの前の通り。この辺はまだきれい。

最初はブラブラしてて楽しかったのだが、疲れた。20Kg近い荷物をもって2時間ほど歩き回ったわけだもの。
道路にはゴミがあふれ、異臭がする。あとでわかるが、この付近がたまたまそんな感じだったわけで、すこしはなれると普通になる。

そしてさらに迷い込む。巨大なバックパックを抱えた僕が確実に場違いな場所に。おそらく普通の市民すらも入らないような貧民街のようなところに。

さすがにすぐに引き返し、大通りに。もういいや、イントラムロスはあきらめた。べテルに行こう。
べテルは自分がいる場所から5kmほど離れている。どうやっていこうか、ひとまずこの界隈を抜け出したい。


なんとかべテルに着いた。(いろいろあったけど長いから略)

感想:きれい

ただそれに尽きる。マニラが汚いというわけではないが、基本的にゴミがちらかってる。それにくらべると、ここがいかに敷地外と異なっているかがわかる。

それに冷房が上品。
なんか、マニラのバスとか、ホテルの冷房は下品なのだ。きつい。

ひととおり見学。輪転機が休止日だったのは残念。

多くの兄弟姉妹と会話したし、ほんと楽しかった。
日本人の兄弟とか姉妹とも話せたし。(わざわざ来てくださった)
今日はどこに泊まるの?と聞かれたから「いまから探します」と答えたら、かなり心配されて、僕のためにホテルを探してくれた。
そんなつもりでいったわけではなかったのだが、申し訳ない。結局、ちょっと離れたところにあるホテルを紹介してくれて、わざわざタクシーつかって僕を送ってくれた。………結構いいホテルだった。リビングにキッチン、寝室にバスルーム。円で換算すると安いが、貧乏旅行には似つかわしくない。あ、文句をいってるわけじゃないよ。兄弟に本当に感謝してるし、ナイスな経験だった!
ホテルの最上階でブレイクファスト。優雅。



4月18日 火曜日
きのうべテルで聞いたのだが、今日はべテルの英語会衆の日本語の群れの奉仕の集まりがあるみたい。
きのうホテルまで送ってくれた兄弟に、またべテルまで送ってもらう。同じホテルにはパプア・ニューギニアから来た一家がいて、その一家と一緒にべテルへ。

(略)

そして奉仕。
区域は喧騒とした街路からすこしはなれて静かな住宅地。

ここにきて、やっぱり南国っていいな、と思う。カラフルな花に、ユニークな形の葉、多くの緑。日本で「室内の日当たりのいい所・屋外は不可」と説明されて観葉植物として売っているものが、普通に生えてるんだもの。

共に奉仕した姉妹たちと共にランチ。ガイドブック片手の旅行ではできない、現地の人たちの暮らし―食べ物とか、住むところとか―を知ることができるのは本当に貴重な体験。

しかし、何食べたか忘れた。

奉仕してて思ったのが、やはり僕は温度変化に強いということ。
現地の人が、暑い、暑いといってても僕は結構平気だったりする。
暑いとは思うけど、別にきつくはない。

というか体温調整機能がうまく機能していないだけかもね。寒いのも平気だし。




4月19日 木曜日
ノープラン。どこに行こうか。
最初は、世界最大規模の棚田のあるバナウエというところとか、スペイン下にあった時代の街並みを残すビガンという町に行こうかと思ったけど、遠い。バスで8時間以上。

で、マニラから南に60kmほどの場所にあるタガイタイという町に行くことに決めた。
ここは世界最小の活火山があるところで、その火山は湖に囲まれている。説明がめんどくさいので、気になった方は検索。

いそいで、インターネットでホテルを検索&予約。(AM:11:30)当日に目的地を決めるなんて行き当たりばったりだよね。
でも、これはぼくにとって計画的なノープランだから問題ない。
NO PLAN is MY PLAN.

バスが出てるみたいだけど、どこから乗ればいいのか…と考えているうちに目の前に偶然バスターミナル。ネット情報では乗り継いでいくしかない、みたいな事書いてあったけど、TAGAYTAYの文字が書かれてあるバス発見。直行?乗ってみた。

PM3:00 着いた。

タガイタイに行こうと思いついてから、トントン拍子に事がすすんでいくからおもしろい。

着いたのはいいけども、ホテルの場所がわからない。タガイタイといってもタガイタイという市なので当然広い。どうしようか。マックがあったのでそこで休憩。
Wi-Fi使おうとおもったけど、なぜかできなかった。どうしよう。
(アイスコーヒーが100ペソって今考えれば激しく高い。同じマックのBIGサイズのフロートが50ペソだったり、バーガー&ドリンク&ポテトのセットが100ペソなのに。意味わからん。)
途方にくれながらも必要なものがあったので隣接する薬局に入る。

そこで一人の少女を発見!!!服装が確実に他の人とは違う!
よくみるとバッグのなかに、聖書は実際に何を教えていますか?の本。

ほんとエホバの証人、どこでもいるんだね。

どうやら奉仕の途中か帰りだろうか。26歳の姉妹と16の姉妹と10歳ぐらいのリトルな兄弟。
彼女たちは本当に親切に僕を案内してくれた。

景色のいい場所につれてってくれたり、ハロハロおごってくれた。
ハロハロ!!カキ氷みたいな奴。具がいっぱいあって、ゼリー、タピオカ、果物いっぱい(マンゴー、バナナ、キウイ、ウベ、あとコーンとかサツマイモも入ってた)に、ミルクだったりをかけて、混ぜて食べる。あのミニストップにあったやつとはぜんぜん違う!
大体が屋台みたいなところで売ってて店によってぜんぜん味が違うから面白い。
荷物重し!
ハロハロ美味し!


なんというか、本当に親切。
最高に楽しかった。

そして王国会館見たい?と聞かれたので、ぜひとも!といったら連れてってくれた。
で、なりゆきでその日の晩の集会に出席。
で、なりゆきで、現地の兄弟姉妹宅に泊まらせてもらうことに。ホテルはキャンセル。


4月20日 木曜日
で、タガイタイの動物園に連れてってもらった。トラの赤ちゃん抱っこしたよ。


最高に幸せ。


で、おそらく僕が一番好きな動物であろう、ホワイトライオンがひょっこりいた。かなり珍しい(はず)なのに、普通にいた。


「ミルキーちゃん」だそうです。あまりにも普通にいたので、ちょっと拍子抜け。


またハロハロ食べた。


晩は、兄弟がやってるお店で晩御飯。なんかおいしいスープとタコのフライ。そしてビール。おいしかった。
10人ぐらいで食べたりしたかな。
いろんな話きけて本当によかった。
タガイタイの夜はけっこう涼しくて、そんななかで湖のほとりのデッキで、仲間と食事をする。
昨日出会ったばかりだけど、気兼ねなく話ができる。
なんにも派手なことはしていない。しかし、なんでこんなに楽しいのだろう。



晩はそのお店の兄弟の家に泊まる。家具が素敵な家だ。




4月20日 金曜日
朝5時半起床。早い。
今日はタガイタイの山に登る予定だ。日中の暑くなる前に登ろうってわけだ。
この山は湖に囲まれていて、そこに行くまではボートをチャーターしなければならない。
中央に見えるのがその火山です。たぶん。



火口。いわば湖の中の湖。

登ったら、下山。またボートに乗って戻る。
その後は、またしばらく歩いて、現地の少年たちのバイクタクシーみたいなものに乗って、またどこかへ登っていく。
こんな道の中をバイクで登っていくんだもの。
気持ちよくないわけがない。

バイクで登ったと思ったら、今度は徒歩で森の中を降りていく。
やはり日本とは木が違う。ジャングルのようだ。飛んでいる蝶が綺麗。ほんと別世界。


川に出る。さらに川を登っていく。サンダルないから、裸足で。

秘境てきな。

滝だ!登っていくと滝にでる。写真忘れた・・・。


そのあと、また登る。ひたすら登る。
ちょっとガイドを、っていうレベルじゃないほど登る。
たぶん距離的にはそこまでなかったのだが、なにせ兄弟の足が速い。
4人で登ったのだが、僕以外の2人のほうがバテてた。だからそこの人たちの足腰が強いってわけでなくて、その兄弟が異常だっただけだとおもう。かなりハイペース。
たぶん、いままでで、いちばんきつかった山登り。



頂上で最高のハロハロを食べさせてあげよう、と言ってたのだが、自分だけスペシャルリクエストのハロハロ食べてた。そっちのほうがおいしそう・・・。

ジプニーで下山。おなかがすいたところで、ロニというなんかおいしいものを食べた。

タガイタイは激しく楽しかった。絶対にこのひと時は忘れないだろう。

ずっとここにいたい。

しかし戻らなければ。マニラにもどらなければ。

英語ができなくて辛いと思うのは、感謝をうまく表現できないこと。
どれだけ楽しくて、嬉しかったか。でも、Thank youの言葉しか出てこない。
あまり表情が豊かでない僕だが、どれだけ感謝しているか、兄弟達に伝わっただろうか。




しかしなんとなくタガイタイに来たもんだから、戻りかたがよくわからない。
今日の夜のホテルは前に泊まった所とはまた別の場所だし。
まぁ、いいや、って乗ったバスは間違ってはいなかったけど、降りるところがわからず。
終点まぢかで乗務員が「ん?お前、どこに行きたいんだ?」ときいてきたので、地図を見せると「Oh~!」と頭を抱え込む。
どうやら途中で降りて鉄道で乗り換えなきゃいけなかったみたいだ。

鉄道になんて乗ったことない。わからない。もう日も暮れて暗い。
しかし、そこにいた一人の女性が僕を心配してくれて、わざわざ電車乗り場まで連れてってくれた。

彼女が鉄道の職員に事情を説明してくれた。
最後に、「気をつけてね、あなたのために祈ってるわ」と言い残して、彼女は帰っていった。
ありがとう、パニー(その人の名前)
職員も、本当ならば長蛇の列に並ばないと買えない切符を、こっそりぼくのために裏で買ってきてくれて、目的地までの行き方をわざわざ紙に書いてくれた。
帰宅ラッシュの満員電車に揺られて、なんとかホテルに着いた。
ぎゅうぎゅ詰めの電車の中で、巨大なバックをしょっている僕は白い目でみられていた。


少なくとも僕が接したフィリピン人はみんな親切だった。


ホテルについたけど、なんかいろいろあって(略)別のホテルにとまる。なんかトラブルの香りがしたけど、何もなかったね。
朝5時おきの今日はかなり濃い一日だった。明日は予定なし。ぐっすり眠れる。


4月21日 土曜日
予定なし。
インターネットでいろいろしたかったけど、このホテルはWi-Fiが飛んでない。
まぁ、外に出てみよう。
ホテル正面にはSMというショッピングモールがある。
かんなりデカイ。疲れた。床面積はマリノア4つ分ぐらいあるんじゃないだろうか。
でも日本のショッピングモールとほとんど変わらない感じで、あんまり面白くなかった。(普通で)

そこにあった、Air Asiaという航空会社でタイ→スリランカのチケットを買う。
今まではすべてネットだったので、はじめて実店舗で買った。

きょうは、特になんともない一日。
いままでが濃すぎたのでまぁ、いいや。軽く昨日の筋肉痛。



4月22日 日曜日 フィリピン最終日
かなり遅い起床。
そのまま、日本語の群れの集会に行こう。場所はべテル。
ホテルからべテルは近い。トライシクルで5分ぐらいで着いた。
集会後、そのまま空港にいくつもりだったので、バックパックをしょって。
べテルの玄関で、「ハイキングにでも行くの?」と笑われたけど、気の利いた言葉がでず、ただ、微笑むだけ。

集会。
研究生の意欲的な注解だったり、ちょうど研究記事にもあったような「積極的な霊」が見られる会衆だ。ちょうど日本からのゲストもいた。

皆と別れをおしみつつ解散。

しかし、まだ空港に行くのには早すぎる。
そうだ、1日目に断念した「イントラムロス」に行こう。

きのうマスターした鉄道にも問題なく乗れて、イントラムロスに到着。
もうマニラは僕の庭だ。

イントラムロスはスペイン統治下の町並みを残す一画で、独特の風情がある。
西洋の町並みの中にも、どこかマニラの賑わいがあって、歩いてて楽しい。
が、バッグが重い。きつい。すわりたい。

要壁で囲われた一画


セブンイレブンもおしゃれ。




馬車

時間もないし、かなりダッシュで観光。有名ななんちゃら要塞も見らずに撤収。
まぁ、いいや、行かなかったよりはマシ。

また鉄道に乗って、空港に近いバクララン駅へ。
この駅周辺もかなりマーケットがあって、歩くのが大変だった。ゆっくり見ていきたかったけど、また今度。(あるかな?)


そこからあるいて、マニラ・ニノイ・アキノ空港へ。
空港着。

座りたいけど、ベンチがない。
みんな床に座ってる。

かなり並ばないと搭乗手続きができない。へとへと。
時間に余裕もってきたつもりだったけど、けっこうバタバタ。

セブパシフィックという航空会社の飛行機に乗って、出発。
さらば、フィリピン。